山城さま、本日は宜しくお願い申し上げます。
「とんかつレストランYAMASHiRO」の山城です。宜しくお願い致します。
まず初めに店名の由来をお伺いできますでしょうか。
メインがとんかつなので、とんかつがあるレストラン、あとは自分の名前を付けた感じです。
開業のきっかけを教えてください。
数年前から感じてたことがあって、沖縄は豚肉文化なのに美味しいとんかつ屋がないことに気づいて、それが不思議で。
豚肉が県外の人から認知されているにもかかわらず、美味しいとんかつ屋がないのはなぜだろうと思いました。
僕が本当においしいと思ったとんかつは県外にしかなくて、豚肉は美味しいので、あとはとんかつを本気でやる人が必要だと。。。
僕しかいないと思ってやりました。
なるほど、沖縄が豚肉文化だとは知っていましたが、とんかつ屋がないのは意外です。
まああるんですけど、沖縄って戦争もあったのでアメリカとか色々な文化が入っていて、そういう歴史的要因もあるんですけど、ソース文化なんですよ。
ステーキにはソースたっぷりかけるし、なんでもかんでもソースをかけるんですよ。
とんかつもソースで食べるんですけど、薄い肉に分厚い衣にがっつりソースを食べるのが沖縄なんですよね。
だから別にとんかつに対して思い入れがないというか、発展してこなかったんです。
僕が県外で食べたとんかつは、衣が白かったり断面がピンク色だったり、しっかり火は入ってるけど肉の水分を抜かずジューシーに分厚いけどやわらかいとか、そういうのに僕は感動して。
沖縄には肉のおいしさを伝えるとんかつがないし、やろうとしてる人もいないから、それを沖縄でやれば唯一無二になれるし、美味しい豚肉をとんかつとして伝えれるからいいかなと思って。
開業されたのはいつ頃でしょうか?
2022年の2月です。
コロナの影響はありましたか?
沖縄はずっと感染者多いですし、観光業の島なのでうちに限らず大打撃を受けているのは間違いないです。
「とんかつレストランYAMASHiRO」さんの名物、ウリを教えてください。
うちは変わったとんかつ屋なんですよ実は。
普通だったらロースかつ定食とかヒレカツ定食とかそういった感じじゃないですか。
それにはこんもりのキャベツがのっかってごはんと一緒にでるってイメージじゃないですか。
うちは部位が5種類あって、ロースにもサーロインとリブロース、ヒレにもシャトーブリアンとヒレ、っていう感じで分けてるんです。
それを一般的なとんかつ屋さんよりも比較的小さく作って何種類か提供して量は変わらずともお客さんが色々な味を楽しめるようにしてます。
今回はヒレとサーロイン食べたから、次回はシャトーブリアンとリブロース食べてみようみたいな楽しみを感じてほしいと思ったのでお客さんが選んだ部位を食べてもらうようにしました。
その中で人気なのがシャトーブリアンです。
食べ比べができてしまうんですね!?
はいできちゃいます。
もちろん1種類だけの方もいますけど、どうせだったら1度に2種類3種類食べてほしいなという気持ちがあるので、そういうサイズ感で作ってますね。
メニュー開発などは山城様が行われているのでしょうか?
オーナーシェフなので1から全部やってますね。
開業までのご経歴が気になります!
どういう経緯で飲食の世界に足を踏み入れられたのでしょうか?
どこで修行したとかないんですよ。調理師免許も持ってないし、例えば三ツ星レストランのなんとかってところで働いていたとかそういうのはないんですよ。
お客さんからも聞かれるんですけどそういったことはないんです。
でも1個いえることとしたら、2020年西村康稔大臣という方が15名ほどで沖縄でコロナの状況を視察しに来た時に、料理をふるまったってことはあります。
えぇ~!すごいですね。
それを担当したっていうのは唯一言えることかな(笑)
とんかつに関しては完全独学で、県外へ自分で食べに行って、持ち帰って試行錯誤しての繰り返しで、前働いていたところで本日しかないメニューみたいな感じで自分のとんかつを出させてもらってたんですけど、それが美味しいって評判になって、気づけばその中でも1番のメニューになっちゃって。
それで僕も美味しいとんかつを作ることができるんだなと思ったので、そっからですね。
お仕事はずっと飲食をやられていたんですか?
まあそうですね。
二十歳で子供ができたので、朝は清掃業して夜は居酒屋でバイトって感じの期間が2,3年あって、めちゃくちゃ料理人になりたくて飲食もやってたわけじゃなくて。
なんとなくの経験と知識がついてきたときに、子供に「パパは何屋さんなの?」って聞かれたたんですよ、それで答えられなかった自分が悔しかったり恥ずかしかったり色々な気持ちがあって、その時に本気で料理人になろうと思って向き合いました。
これまでで一番大変だった時のエピソードなどがあれば教えてください。
オープン前ですかね。
開業してからはやるっきゃない精神なんですけど、開業の直前は不安だったり何していいかもわからなかったので大変でした。
0→1が1番大変でした。
逆に飲食店をやっていて嬉しかったことはなんですか?
目の前で自分の料理を食べて人が笑っていることですかね。
美味しかったよまた来るよって言葉をもらうたびに飲食業でよかったなと思います。
目の前で人が感動してたり喜んでもらえるのを見れるので、そこがサービス業をやっていてよかったなと思うところですね。
お仕事のこだわりやポリシーなどはございますでしょうか?
いっぱいあるんですけど。
沖縄なので沖縄の食材しか使わないってことです。
色々な料理人がいていいんですけど、僕は沖縄生まれの沖縄育ちなので。
器とかもめちゃくちゃお金かけて沖縄の作家さんとかに作ってもらったりしてます。
店内も沖縄の作家さんが書いてるアートだったり沖縄の雑貨だったり、入店から退店までいたるところに沖縄がちりばめられていて、それで少しでも沖縄を好きになってくれれば僕はそれでやりがいがあります。
「とんかつレストランYAMASHiRO」さんの今後の展望を教えてください。
今はありがたいことに沢山のお客さんが来てくれてるんですけど、この規模で止める気はなくて、僕は沖縄の良さを伝える方法が飲食なので、もっと店舗展開できればなと思っていて、将来的には豚肉文化が盛んな海外にも展開したいなと思っています。
最後に若者に向けてメッセージをいただけますでしょうか。
僕もまだ30で、ぎり若者なのかなと思ってるんですけど、そんな僕から言えるのは飲食はブラックだったり、サービス業は対価に対しての拘束時間が長いとか色々言われてるんですけど、さっきも言った通り人が感動してる姿を直で見れたりするのでそれをお金に変えて僕らは過ごしてるんですけど、お客さんから直接ありがとうを言ってもらえる仕事ってなかなかないんですね。
もっと飲食の未来を僕を含めどんどん作っていきたいと思っている人はいっぱいいると思うので、背中を見せながら飲食の楽しさを伝えるので若者が目指せる飲食業界にしていくので、料理人になる人が増えればいいなと思っています。
山城さん、本日は貴重なお時間をありがとうございました!
ありがとうございました!