取材日:2022年5月2日
工藤さん、本日は宜しくお願い申し上げます。
「ラーメン工藤」の工藤です。宜しくお願いします。
開業のきっかけを教えてください。
15歳のときに歌手のマキシマムホルモン経由で「ラーメン二郎」の存在を知りました。関西に住んでたんですけど親戚が関東にいたので関東に行った時には二郎系ラーメンを食べていました。18歳のときに関西に「歴史を刻め」という店名の二郎系が上陸したので常連になりました(笑)
じゃあその頃にラーメンとの出会いがあったわけですね。
しかも閉店間際に30分お店の周辺を清掃するとタダでラーメンが食べれるシステムがあったので4年くらいタダで食べさせてもらってました(笑)
面白いですね(笑)
車の整備士として働いていたんですけど退職するタイミングで「歴史を刻め」のオーナーから『アメリカにお店ができたから一緒に行かないか?』と誘っていただきボストンにある「Yume wo katare」というラーメン屋に行きました。その時に始めて二郎系のラーメン屋で働きました。みんなは2週間で帰国したんですけど僕はビザを最長の90日間にしていたので色んな家を転々としていました。
初めてのラーメンの修行場所がボストン(笑)
そのボストンにある「Yume wo katare」のオーナーが夢を語れる場所を作るという経営理念を掲げていて、売上じゃなくてどれだけの夢が語られたかを指標に営業される方だったんです。3ヶ月ボストンで教育を受けて帰国後やることなかったので僕がもともと清掃していた「歴史を刻め」でアルバイトとして働いていくことになりました。
素敵ですね。
それから1年後にラーメン作るスタッフが退職してしまったので僕がラーメンを作る立場になりました(笑)ラーメン作り出して2年なので計3年ほど修行させてもらいました。始めて麺場立った時に「歴史を刻め」のオーナーから『お前が一番うまいと思うラーメン作れ』と言われたんです。歴史を刻めの麺って硬いんですけど僕は柔らかい麺が良いと思ったのでグループの中で唯一うちだけ柔らかい麺を提供していました。
そんなことが許されるんですね(笑)すごい。。
そしたら濃いファンがつくようになりました。ただ他の店舗から批判があり、グループミーティングで硬さを統一しようということになってしまったんです。僕自身も自分が100%じゃないと思うものを提供して美味いと言われるのがしんどかったし、僕の柔らかいラーメンを食べたいと言ってくれるお客さんが路頭に迷うのが耐えられなかったので退職して独立することになりました。
開業されたのはいつ頃でしょうか?
平成31年8月31日になります。
コロナの影響はありましたか?
最初の1回目の緊急事態宣言の時は人通りも減ってしまったので少し数字が落ちてしまいました。スタッフもコロナの感染を怖がって出てこれない状況で。それでも売上が落ちなかった要因は替えが効かないものをきちんと提供できていたからだと思います。飲食店の中でもラーメン屋は景気の影響を受けずらいと思います。
「ラーメン工藤」さんの名物、ウリを教えてください。
名物はデフォルトのラーメンです。20分間強火で茹で続けた麺にクタクタ野菜、柔らかい豚に全てを包み込むニンニク。食材ごとの境界線を無くして一体感を大切にしています。
これまでで一番大変だった時はいつでしょうか?
開店してラーメンは作れるが経営ノウハウがなかったので苦労しました。契約してからオープンするまで空家賃を払ったり、思いのほか工事費用かかったりお金の計算やキャッシュフローをうまくやりくりするのが大変でした。
飲食店をやっていて嬉しかったことはなんですか?
お客さんが「美味しかった」と言ってくれることですね。目の前のお客さんが喜んでくれるのがこの上ない喜びです。スタッフが彼女や家族を連れてきてくれた事も嬉しかったです。
お仕事のこだわりはありますか?
スタッフと楽しく働くことです。厨房は戦場ですがそれをいかに楽しいことに置き換えられるかだと思っています。新人がしんどそうな顔している時に「どや楽しいやろ」と声をかける。やらなくちゃならないことはやらなくちゃいけないから競争したり、タイムリミットを設定したり、達成感味わってもらったり、僕が楽しみながら背中を見せることを大事にしてます。人生の大半の時間をうちに預けてくれるわけですから。スタッフ同士がぎくしゃくしているのが1番嫌なので。
「ラーメン工藤」さんの今後の展望を教えてください。
一つは今まで通りラーメンの商品開発をし続けて、もっと僕が食べて美味しいと思えるものを研究し続けたいです。もう一つはそのラーメンを一人暮らし男子が鍋を持ってなくても食べれるような電子レンジでも作れるようなラーメンセットみたいなものができたらいいなというふうに思います。
最後に若者にメッセージをお願いいたします。
20歳のときに1万円握りしめて関西から東京まで歩いて行った時があるんですけど、めちゃくちゃやっても案外死なないってことを皆さんに伝えたいです。借金取りに追われようが生きてるだけで儲けもんなんで好きなことしても大丈夫です。日本で普通に生きてたら死にはしません。
工藤さん、本日は貴重なお時間をありがとうございました!
ありがとうございました!
取材日:2022年5月2日