関谷さま、本日は宜しくお願い申し上げます。
「油そば専門店ぶらぶら」を運営しております「株式会社高関食品」代表取締役の関谷です。宜しくお願い致します。
まず初めに店名の由来をお伺いできますでしょうか。
えっと、実は「ぶらぶら」の由来はすごくシンプルでして…(笑)。当時、油そば自体があまり知られてなかった頃で、「がっつり系」のイメージも強くて、ちょっと入りづらい印象があったんです。なので、もっとやわらかくて、女性でも、ふらっと入りやすい雰囲気の名前にしたいなと思って。それで「油」の“裏”から取って「ぶらぶら」って。少しでも親しみやすさを出したくて付けました。
名前にそんな意味があったんですね。私も10年ほど前から油そばが好きで、池袋周辺を食べ歩いてました。結構、硬派な名前が多かった印象です。
そうですよね、当時は「職人感」みたいなものが前面に出たお店が多かった。ぶらぶらはその逆を行きたかったんです。

開業のきっかけを教えてください。
私が横浜出身でして、もともと家系ラーメン全盛期にラーメン屋を開業したい気持ちがありましたが、昔バイト先で食べた油そばの味に感動したことが原体験となり、それを再現したいという思いから開業に至りました。
開業までのご経歴が気になります!どういう経緯で飲食の世界に足を踏み入れられたのでしょうか?
高校を卒業してすぐに漠然とお金稼ぎたくて、水商売の業界に入りました。30年前とかの話なんで当時、業界的に景気が良かったですし。水商売も楽しかったんですけど20代前半くらいからラーメン屋にも興味を持ち始めていました。
ラーメンが好きだったからラーメンに興味を持たれたのでしょうか?
当時、横浜に家系のたかさご屋ってお店があったんですよ。いつ行っても並んでいて、店舗拡大もしていて、いつか自分もラーメン屋をやってみたいと思うようになりました。
飲食業界はコロナで大きな打撃を受けましたが、ぶらぶらさんへの影響は?
最初は「これは終わったかな」と正直思いました。赤坂などのオフィス街店舗が大打撃でした。しかし国の補助金や時短協力金が経営の支えとなり、店舗改装や施策の見直しなどを進めることができました。今思えば経営体制がより強固になりましたし、会社として一体感も生まれたので逆にコロナの影響を受けて良かったなと思っています。
テイクアウトやECなどには取り組まれましたか?
はい、やりました。でも油そばって時間が経つと固まってしまって…。やっぱり「店で食べてほしい」って強く思いましたね。味変用の調味料もたくさん置いてますし、それを含めて“完成形”なんですよ。
他店と違う「油そば専門店ぶらぶら」さんならではの特徴って何ですか?
実は「いろんな味変を楽しんでくださいね」と初めに打ち出したのは、うちなんです。あと、食後の「締めスープ」も。今では他店でも定番になってますが、最初に始めたのはうちだと思います。

そうだったんですね!ちなみにメニュー開発などはオーナーの関谷様がおこなっているんでしょうか?
いえ、妻である私が担当しております。誰よりも「ぶらぶら」の油そばを食べてるので、自信があります(笑)。開発したら幹部全員で集まって試食・意見交換を行っています。また、期間限定商品も年に4回、展開させてもらっています。
ちなみに関谷社長のオススメの食べ方を教えていただけると嬉しいです。
実は今でも普通の食べ方なんですよ(笑)カウンターに設置してるマニュアル通りに食べてるんです(笑) ライスとの相性が良いのでライスは必ず一緒に頼みますね。
私の場合、半分は普通に食べて、半分は玉ねぎとお酢を少しずつかけて食べていきます。お客さんたちも、10人いたら10人とも、皆さん違う食べ方をされているので驚かされます(笑)
これまでで一番大変だった時のエピソードなどがあれば教えてください。
創業初期は全く儲からず、生活も厳しい時期が2年くらい続きました。ただ意地でも諦めずに頑張ろうという気持ちがあったのでここまで15年乗り越えてくることができました。妻が現場に出てくれたのも大きな支えとなりました。
この15年の経営の中で、「やっててよかった」と感じた瞬間はありましたか?
たくさんありますけど、一番嬉しかったのは、若い頃に食べに来てくれてたお客さんが、大人になっても「やっぱりここが一番好き」って食べに来てくれることですね。「ぶらぶらが俺のソウルフードなんですよ」って、大学卒業して社会人になった子が言ってくれたときなんか、本当にグッときました。
それはめちゃくちゃ嬉しいですね…!まさに“おふくろの味”的な存在に。
そうなんです。たとえば「実家に帰ったときは必ず寄ります」って言ってくれたり、そういうのが一番の報酬だなって思います。自分たちの料理が誰かの思い出になってるって、これ以上の幸せはないですよね。
お仕事のこだわりやポリシーなどはございますでしょうか?
創業当初は儲からなかったので従業員の給与条件なども悪かったです。これまで自分の給料は抑えて、スタッフに還元することを重視してきました。スタッフが「良い会社」だなと思えることを最優先しており、そのためには利益は必要です。その成果もあってか従業員の多くはバイトからスタートし、今でも会社への愛着を持って働いてくれています。
ちなみに私が実例です。高校2年生の時からアルバイトをしていて、一回大学を卒業して就職したんですけど退職して、今は業務委託という形で会社の色々な業務に関わらせていただいております。

「油そば専門店ぶらぶら」さんの今後の展望を教えてください。
直営店も増やしつつ、フランチャイズ(FC)展開にも注力していきたいです。直営店舗はターミナル駅中心に出店していきたいですね。FCオーナーは誰でも良いわけではなくて「ぶらぶら」が好きであることが条件です。単なる収益目的の応募者は不採用にしています。ブランドの世界観やアットホームさを大切にしながら拡大を目指していきたいと思っています。
今、サイトには若い読者も増えていて、飲食に興味のある20代も多いです。そんな彼らに向けて一言お願いします。
最初からうまくいく仕事なんて、ほぼないです。だからこそ「覚悟」が必要。僕も創業当時は、給料が出なくて生活できるかどうかのレベルでした。
でも“覚悟して始めたから”乗り越えられた。あとは「夢を持つこと」。将来こうなりたいって姿があって、そこから逆算して今を生きる。その感覚が大事だと思います。
今日は本当にありがとうございました。取材を通して、「ぶらぶら」のアットホームな空気、社長の情熱、奥様との二人三脚など、たくさんの魅力を感じました。
こちらこそ、ありがとうございました。またぜひ食べに来てください!